YOSUKE HIRAISH

平石洋介
名前

平石洋介(ひらいし・ようすけ)

生年月日

1980年4月23日

スポーツ

野球

出身地

大分県

出身校

PL学園高等学校
同志社大学

幼い頃から野球一色。中学に進学すると同時に親元を離れ、大阪で祖父母と暮らす。中学三年生からは姉と二人暮らし。
中学時代には関西選抜にも選ばれ、副主将として世界一を経験。そして言わずと知れた高校野球の超名門PL学園に進学する。
しかし入学することができたものの、高校一年の時に肩を故障する。
怪我などに悩まされ、思うようなプレーができなかった。
しかし高校3年の最後の夏、主将として甲子園に出場。今も語り継がれるPL学園vs横浜高校延長17回の死闘を繰り広げた。 高校卒業後は同志社大学に進学。肩の故障も回復し、4度のベストナインを受賞。大学4年時には主将を務め、第一回世界大学野球選手権大会の日本代表にも選ばれる。
プロからの誘いもあったが、社会人野球に進むことを選び、トヨタ自動車に入社。
1年目から活躍し、社会人野球の2年間を経て、2004年当時球団創立1年目となる楽天イーグルスにドラフト7位で指名される。
2011年シーズンもって、現役を引退。2011年シーズン終了後、育成コーチを要請され2012年に就任。
初の生え抜き選手出身コーチとなった。その年の2月の途中から二軍外野守備走塁コーチとなる。 2013年には一軍打撃コーチ補佐に就任。その年、楽天イーグルスが球団初となる日本一を達成する。
2015年35歳の若さで二軍監督に就任。2017年には1軍ヘッドコーチに抜擢され、シーズン途中に監督代行も務める。
そして2018年、松坂世代、1980年生まれ初となる、プロ野球球団の監督が誕生。
楽天イーグルス第7代監督に就任する。